若干の景気回復の兆しが見え始めてはいるものの、まだまだ日本経済は不況を脱してはいない。
不況とは国民経済の供給能力が需要を上回る状態を意味するので、不況から脱出する手段として、まず需要を大きくすること、それから供給力を削減することが考えられる。公共事業等の財政政策や、過剰設備の除却への支援措置などだ。しかしこういった政策は、まだまだ需給ギャップの解消に効果を表していないように見える。
この理由は、こうした従来型の政策が需要と供給能力を単に数量的に一致させようとするだけで、供給構造と需要構造の構造的、質的ミスマッチを解消するに至っていないことにある。この10年、需要構造には大きな変化が生じている。その変化を考慮した供給構造の改造が望まれているのだ。
今月なくなったソニーの創業者の盛田昭夫氏は、ウォークマンというまったく新しい商品を開発し、世界中に爆発的な需要を巻き起こした。いま現在もっとも待ち望まれているのは、こういった企画、新規事業に他ならない。
一般的にこのような新規商品とサービスはベンチャー企業によって提供されると考えられている。そこで、わが国においてベンチャー企業の育成ための具体的な仕組み作りが進んでいる。しかし、それにも拘わらず、わが国におけるベンチャー企業活動は、アメリカに比べて非常に見劣りする状態にとどまっている。全産業の開業率はついに廃業率を下回るまでに落ち込んだ。その背景には社会風土や文化の相違があるように思える。
19世紀のフランスの歴史家アレックス・トックビルは、不朽の名著といわれるその著書『アメリカの民主政治』のなかで「アメリカの強さは無数の零細企業にある」と喝破した。アメリカのベンチャー企業には、このように19世紀以来の長い伝統があるのだ。
それに対して、わが国ではむしろ、ベンチャー企業もさることながら大・中堅企業が絶え間なく自己革新と新規事業展開を行うことで、経済の供給構造を時代の変化に対応させてきた。その背後には組織体の維持(お家の存続)がもっとも大事とされた鎌倉時代からの御家人文化の伝統がある。トヨタ自動車の奥田会長が雇用の維持が出来ない経営者はまず自分の腹を切れと言い切って論議を呼んだが、この雇用確保の姿勢は組織体の維持への強い意志、それと裏腹の関係にあるトヨタならではの攻撃的なシェア拡大主義と合わせて初めて理解できるのだ。
当社では、七人の選抜メンバーからなる「戦略ビジネス発掘タスクフォース」が編成され、新規事業によるブレークスルーを目指して鋭意仕事を始めている。日本では、このような企業内の動きこそが企業を発展させ、さらには日本経済全体の活性化をもたらすと期待されるのである。
(橋本 尚幸)